「やりたいことがわからない」「本当の自分を見つけたいのに、いくら探してもモヤモヤする」と、目に見えない重いリュックを背負って悩んでいませんか。
実は、頑張って「本当の自分」を探そうとすればするほど、心はどんどん苦しくなってしまう仕組みがあります。
この記事では、大人気本『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(しんめいP著)をもとに、ブッダや龍樹(りゅうじゅ)、空海といった歴史上のすごい思想家たちが残した「心を最高に楽にする知恵」を、小学生でもわかるようにやさしく解説します。
読み終わるころには、背中の重い荷物がふっと下りて、毎日がずっと自由に感じられるようになりますよ。
この本ってどんな本?
| 本の名前 | 自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学 |
|---|---|
| 書いた人 | しんめいP(監修:鎌田東二) |
| 出版社 | サンクチュアリ出版(2024年4月) |
| どんな話? | ブッダ・龍樹・空海が残した「自分探しをやめると心が楽になる」という東洋哲学の知恵をやさしく解説した本 |
| こんな人に | 「本当の自分」を探して疲れてしまった人/人と比べて苦しくなりやすい人 |
この記事でわかること
- なぜ「自分探し」をすると、かえって心が苦しくなるのか
- ブッダが教える「無我(むが)」の考え方
- 龍樹(りゅうじゅ)が教える「空(くう)」の考え方
- 空海が教える「大我(たいが)」の考え方
- 実際に読んだ私が変えたこと(体験談)
1. なぜ「自分探し」をすると心が苦しくなるの?
「自分らしい生き方を見つけよう!」「本当の自分を探す旅に出よう!」という言葉を、本やインターネットでよく目にしますよね。しかし、真面目な人ほど、その言葉を信じて探せば探すほど、余計に苦しくなってしまうことがあります。
自己啓発本や難しい本で余計に迷子になる理由
この本の著者である「しんめいP」さんも、かつて強烈な悩みを抱えていました。18歳で東京大学に合格したときは「田舎の神童」と持てはやされ、地元のスーパーで見知らぬおばさんから泣いて握手されるほど期待されていたそうです。
しかし、大人になると仕事がうまくできず退職し、お笑い芸人に挑戦しても1回戦敗退、離婚も経験して、32歳で仕事も家も家族も失って無職になりました。実家の布団から出られなくなり、「働く意味がわからない」という深い虚無感に襲われてしまったのです。
なんとかしようとして「好きなことを見つけよう」「成功しよう」と書かれた自己啓発本を開きましたが、弱っているときにはその言葉が眩しすぎて、虚無感が10倍増しになってしまいました。
次にデカルトやカントといった難しい西洋哲学の本も読みましたが、抽象的すぎて生き方の参考にはならず、虚無感を追求した有名な哲学者ニーチェが最後は10年間も布団に入ったまま亡くなったと知って、「西洋哲学に頼るとこじらせそうだ」と断念しました。
心をすーっと楽にしてくれる「東洋哲学」
そんな絶望の底にいた著者を救ったのが、ブッダたちが作り上げた「東洋哲学」でした。
東洋哲学の最大の特徴は、「どうすれば人が楽に生きられるか」という心の救いを目指している点です。
難解な理屈をこねくり回すのではなく、「そんなに肩肘を張って頑張らなくても大丈夫だよ」という温かい答えを用意してくれているのです。
2. ブッダが教える「無我(むが)」〜「自分」なんて最初から存在しない!〜
東洋哲学のスタート地点にいるのが、お釈迦さまとして知られる「ブッダ」です。
ブッダは特別な神様ではなく、2500年前のインドに生まれた人間でした。しかも、実家は大金持ちのお城で、何でも手に入る王子の立場でした。
6年間のハードな修行でも見つからなかった「自分」
何不自由ない暮らしをしていたブッダですが、29歳のときに「人間はなぜ生きるんだろう?」「本当の自分とは何だろう?」という強い悩みに襲われ、城も家族も捨てて飛び出してしまいました。
当時のインドでは、「身体を極限まで痛めつければ、本当の自分が現れる」と信じられていました。ブッダも真面目だったため、トゲのついたベッドで寝たり、呼吸を極限まで止めたり、1日に米1粒しか食べないという断食を6年間も続けました。
しかし、得られたのは「悟り」ではなく、骨と皮だけになった死にかけの身体でした。ハードな修行をしても、「本当の自分」なんてどこにも見つからなかったのです。
倒れそうになっていたブッダに、スジャータという名前の村の若い女性が優しくお粥(乳粥)を差し出してくれました。ブッダは「お粥を食べて見える新しい景色にかけてみよう」と素直に食べ、体力が回復した状態で大きな木の下で瞑想したところ、ついに悟りを開きました。
そこでブッダが気づいた答えこそが、「無我(むが)」です。
無我とは、「固定された本当の自分なんて、最初からどこにも存在しない」という意味です。
ファミチキとカレーの例えでわかる!人間は世界とつながっている
「自分がない」と言われても、ピンとこないかもしれませんね。そこで、身近な食べ物で考えてみましょう。
コンビニで売っているフライドチキン(ファミチキ)を食べたとします。そのお肉はあなたのお腹に入り、栄養となってあなたの筋肉や血になりますよね。
では、そのチキン(鶏)は何でできているでしょうか。鶏は虫などを食べ、虫は草を食べ、草は太陽の光と水で育ちます。つまり、あなたの身体は、自分以外の動物や植物、太陽や水と全部つながってできているのです。
「身体はそうかもしれないけれど、心や考え(思考)は自分のものでしょ?」と思うかもしれません。
では、美味しそうなカレーの写真を見てみてください。
「あ、カレー食べたいな」という思いが頭に浮かびましたよね。この「食べたい」という考えは、あなたが狙って作り出したものでしょうか。写真を見た瞬間に、勝手にどこからか湧き上がってきたはずです。
心の中で浮かぶ考えも、周りの環境や見たものに反応して勝手に生まれてくる現象にすぎず、「絶対に変わらない自分の所有物」ではないのです。
川の流れを石で止めようとするから苦しくなる
ブッダは、人間が苦しむ理由を「変わっていくものを、固定しようとするからだ」と説明しました。
私たちの身体も心も、絶えず変化して流れる川のようなものです。それなのに、「若いままの自分でいたい」「昔の輝いていた自分のままでいたい」「本当の自分はこうじゃなきゃいけない」と必死に抱え込むのは、激しい川の流れを小さな石でせき止めようとするようなものです。
せき止めようとすればするほど水圧がかかって苦しくなります。石(執着)を捨てて、「自分なんて流れていくものなんだ」と手放したとき、人は最高の解放感を味わうことができます。

3. 天才・龍樹(りゅうじゅ)の「空(くう)」〜悩みの正体は言葉のラベル〜
ブッダが亡くなってから700年後、インドで「龍樹(りゅうじゅ)」という歴史的哲学者が登場します。
当時、ブッダの教えは難しく研究されすぎてしまい、論文が200巻(大毘婆沙論)にも膨れ上がって、一般の人にはさっぱりわからない学問になっていました。そこで龍樹は、「くだらない言葉遊びはやめろ!」と論破し、ブッダの教えをたった一文字で要約しました。
それが「空(くう)」です。
この世は言葉のラベルが作り出した「フィクション」
「空」とは、「この世のすべての意味や価値は、人間が言葉のラベルで作り出した幻(フィクション)である」という考え方です。
例えば、普通のおじさんの写真があるとします。その写真の下に「年収5000兆円の天才社長」とラベルを貼ると、急にすごい人に見えますよね。逆に「無職」と貼ると、全然違う印象になります。おじさん本人は何も変わっていないのに、言葉のラベル一枚で価値がガラリと変わってしまうのです。
また、美味しそうなパッケージに入ったフライドチキンも、言葉のラベルを剥がして冷静に見れば「鳥の身体」です。言葉の魔法によって、私たちは普段から幻を見ています。
これは人間関係も同じです。昨日まで他人だった相手でも、婚姻届という紙を1枚出せば「夫」「妻」というラベルが貼り合わされ、家族として振る舞い始めます。会社も、お金も、家族も、みんな人間が作ったルール(言葉のラベル)で成立しているフィクションなのです。

「私はダメだ」という悩みが成り立たない理由(戯論)
龍樹の「空」の考え方を使うと、私たちの日常の悩みが一瞬で消えてしまいます。
例えば、「自分は足が遅くてダメな人間だ」と悩んでいるとします。しかし、あなたが「遅い」と感じているのは、周りの人と比べて「遅い」というラベルを貼っているだけです。チーターと比べれば人間はみんな遅いですし、カメと比べれば全員速いです。
「絶対的に足が遅い人」という本質は、どこにも存在しません。
龍樹は、存在しない前提(自分はダメな人間だ)を作り出して勝手に悩むことを「戯論(けろん:くだらない考え)」と呼びました。
世の中のルール(お金や仕事)と上手に付き合うコツ
「この世が全部フィクションなら、明日から会社も学校も行かなくていいや!」となってしまうと、社会生活が送れなくなってしまいますよね。
龍樹も「社会のルールを全部捨てろ」と言っているわけではありません。
お金や仕事というフィクションは、みんなで楽しむ「大人気のゲーム」のようなものです。ゲームだと分かったうえで、ルールに乗っかって上手に楽しめばいいのです。
「お金は便利だから稼ぐけれど、お金がなくても自分の価値が下がるわけじゃない」と、少し引いた目線で付き合うことが、心を傷つけないコツです。
4. 空海(くうかい)の「大我(たいが)」〜ちっぽけな自分を捨てて、でっかく生きよう!〜
日本の歴史上で最強の天才といえば、平安時代に活躍した「空海(くうかい)」です。
空海は中国(唐)に留学した際、最先端の仏教である「密教」を、エリートたちが何年もかけて学ぶところをわずか半年でマスターし、お寺のトップから後継者に指名されました。さらに、書道の達人であり、香川県にある大きな池(満濃池)にアーチ型の堤防を作るダム工事を成功させるなど、万能のビジネスマンでもありました。
欲を否定せず、スケールを「宇宙規模」にでかくする!
多くの仏教では「欲望を捨てなさい」と教えます。しかし空海は、「欲を持ってもいい!むしろ、欲のスケールをもっと大きくしようぜ!」と主張しました。
自分の「モテたい」「お金持ちになりたい」という小さな欲(小我)だけで生きていると、うまくいかないときに人と比べて苦しくなります。
そうではなく、「たくさん稼いで、世界中の困っている人を助けよう!」「みんなを笑顔にするでっかい存在になろう!」と、欲のサイズを宇宙規模まで大きくするのです。これを「大我(たいが)」と呼びます。
中身が空っぽだからこそ、何にでもなれる
ブッダや龍樹が言った通り、人間には「固定された決まった自分(中身)」がありません。
中身が決まっていないということは、裏を返せば「あなたはどんな自分にでもなれる」ということです。
「自分は人見知りでダメな性格だから……」と小さく縮こまる必要はありません。憧れるヒーローや、大きな目標を持つ理想の自分を、今日から本気で演じてしまえばいいのです。
子どもが生まれた瞬間に、誰も教わっていないのに「頼もしいお父さん・お母さん」になりきって行動が変わるように、でっかい自分を演じているうちに、エネルギーが湧いてきて本当の力になっていきます。

5. 東洋哲学を毒にしないための「上手な使い方」
ここまで読んで、「東洋哲学ってすごい!悩みが全部消える!」と感じたかもしれません。しかし、東洋哲学は効果が強すぎるため、取り扱いには少し注意が必要です。
東洋哲学を取り入れるメリットと注意点(デメリット)
ここで、東洋哲学を人生に取り入れる際の良い点(メリット)と注意すべき点(デメリット)を整理しておきましょう。
| メリット(良いところ) | デメリット・注意点 | |
|---|---|---|
| 心の状態 | 「こうでなきゃいけない」という執着が消え、肩の荷が下りて心がすごく楽になる。 | 「どうせ全部フィクションだから」と、何もやる気が起きなくなる(虚無主義)危険がある。 |
| 人間関係 | 嫌な人や苦手な人に対して「そういう条件が揃っているだけだ」と冷静になれる。 | 周りの熱意に対して冷めてしまい、人間関係の熱量が合わなくなることがある。 |
| 挑戦・行動 | 失敗しても「自分という存在は傷つかない」と思えるので、勇気を出して行動できる。 | 「東洋哲学こそが唯一の正解だ!」と信じ込むと、それ自体が新たな執着になってしまう。 |
心が弱ったときだけの「特効薬」として使おう
東洋哲学は、毎日いつでも使い続けるものではありません。例えるなら、「心が折れそうになったときに飲むお薬」です。
絶好調で元気に頑張れているときは、わざわざ「自分なんてないんだ」と考える必要はありません。自分の好きな仕事や趣味(目の前のフィクション)に思い切り夢中になって楽しめばいいのです。
そして、仕事で大失敗したり、人間関係で深く傷ついたりして「もうダメだ……」と心が倒れそうになったときに、頭の奥の引き出しから東洋哲学を取り出してください。
「あ、そうだ。本当の自分なんてないし、この悩みも勝手な思い込み(戯論)だったな」と思い出すことで、いつでも安全な場所へ心を避難させることができます。
6.【体験談】この本を読んで、私が気づいたこと
ここからは、実際にこの本を読んだ私の話をさせてください。
きっかけは、タイトルへの小さな違和感でした
この本を手に取った理由は、タイトルの言葉のインパクトそのものでした。
「自分とか、ないから。」——正直、気になったのです。
今は「個性を大切に」「あなたらしくいよう」という空気が世の中に強くあります。そんな時代に、「自分なんてない」という、一見すると全否定にも取れる言い回しが、逆に引っかかりました。矛盾しているように見えるこの言葉の真意を知りたくて、読み始めました。
一番なるほどと思ったのは、ブッダの「見つからなかった」経験
読んでいていちばん腑に落ちたのは、記事の2番で紹介したブッダの修行のエピソードでした。
ブッダは、悟りを得ようと6年間もの厳しい修行に本気で取り組みました。それなのに、その先に待っていたのは、傷つき、体力を消耗しきっただけの自分だったのです。「本当の自分」は、どれだけ真剣に探しても見つかりませんでした。
これほど本気で挑んだ人が見つけられなかったという事実は、私にとって大きな説得力がありました。自分の探し方が甘いのではなく、そもそも「探して見つかるもの」ではないのかもしれない、と思わされたのです。
正直、少し戸惑う部分もあります
とはいえ、すべてに素直にうなずけたわけではありません。
みんな、自分が何者なのかを知りたがっていると思います。そんな中で、「本当の自分を探すのをやめなさい」と言われても、戸惑ってしまう気持ちも正直あります。
探すこと自体が、人によっては生きる張り合いになっている場合もあるはずです。「やめなさい」と言われて、はいそうですかとすぐに切り替えられる人ばかりではないだろうな、と感じました。
読んだあとに始めたこと:他人のラベルを、意識して気にしないようにした
この本を読んで、実際に変えたことがあります。
他人から貼られたラベルを、意識的に気にしないようにしました。
記事の3番で紹介した「ラベル」の話のとおり、世の中の評価はすべて誰かが貼った言葉のラベルにすぎません。それにいちいち振り回されていると、どんどん疲れてしまいます。
「〇〇な人だよね」と言われても、「それはその人が貼ったラベルであって、自分そのものではない」と一歩引いて考える。それだけで、世間に振り回されて疲労することが減ったように感じています。
この本をおすすめしたい人
自分を変えようと必死になっている人には、ぜひ読んでもらいたいです。
ですが、それだけではありません。今すでに、うまく生活が送れている人にも読んでほしいと思っています。
調子がいい今のうちに、「こういう考え方もあるんだ」と知っておく。そうすれば、いつか心が弱ったときに、頭の引き出しからこの知恵を取り出せます。元気なときこそ、お守りを仕込んでおくタイミングなのかもしれません。
7. まとめ〜思い込みのリュックを下ろして、自分らしく生きよう!〜
いかがでしたか。私たちは知らず知らずのうちに、「変わらない自分」「こうあるべきという理想」という重いリュックを背負って生きています。
最後に、東洋哲学の3人の偉人たちが教えてくれた大切なポイントをおさらいしましょう。
- ブッダの「無我」:身体も心も世界とつながって変化している。「本当の自分」なんて最初からどこにもない!
- 龍樹の「空」:悩みの多くは、言葉のラベルが作った思い込み(戯論)。悩みはそもそも成立しないから「絶対大丈夫」!
- 空海の「大我」:自分の中身は空っぽだから何にでもなれる。スケールの大きな自分になりきって、楽しく生きよう!
もし今、あなたが「自分を変えなきゃ」「本当の自分を探さなきゃ」と苦しんでいるなら、まずはその探すのをやめてみてください。
「自分なんて、その時々の環境で変わる適当なものでいいや」と受け入れられたとき、あなたの心には爽やかで自由な風が吹き抜けるはずです。
読んだあとに試してほしい「小さなおすすめアクション」
- 「〜しなきゃ」という言葉を1つ捨てる:「いい人でいなきゃ」「成功しなきゃ」という自分へのラベルを1つ剥がしてみましょう。
- 身体のつながりを感じてみる:ご飯を食べるときに「この栄養が自分の身体になっていくんだな」と、世界とのつながりを意識してみてください。
- 心が弱ったら「戯論(けろん)」とつぶやく:落ち込む悩みが浮かんだら「あ、また勝手な思い込みの戯論が始まったな」と微笑んで手放してみましょう。
東洋哲学の知恵を小さな御守りにして、あなただけのワクワクする人生の冒険を、どうぞ自由に楽しんでくださいね!
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この記事が、あなたの背中の荷物を少しでも軽くし、今日からの毎日を笑顔で元気に過ごすための「優しいヒント」になれば、これほどうれしいことはありません。
- Q仏教や哲学の知識がなくても読めますか?
- A
まったく問題ありません。本書は仏教用語(無我・空など)にふりがなを振りながら、コンビニのフライドチキンやカレーの写真など、身近な例えでやさしく説明してくれます。予備知識がなくても最初から読み進められます。
- Q「個性を大切に」と言われる今の時代に、「自分がない」という考え方は逆行していませんか?
- A
いいえ、逆の考え方です。本書が否定しているのは「変わらない完璧な自分」を必死に探し求めることであり、個性やその人らしさそのものを否定しているわけではありません。自分に対する重すぎる決めつけを手放すことで、状況に応じて自由に変化できる、という前向きな考え方です。
- Q宗教を信じないといけませんか?
- A
その必要はありません。ブッダ・龍樹・空海はそれぞれ仏教にゆかりのある人物ですが、本書は宗教の教えとしてではなく、「心を楽にするための考え方(哲学)」として紹介しています。信仰の有無に関係なく読めます。

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